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フレディ・マーキュリー18周忌。 

queen

今日はフレディ18回目の命日ですね。僕にとってのフレディというのは間違いなく、ロック史上最高のボーカリストであり、最も美しい声を持つ男。フレディがもし今も生きていたら、どんな声で、どんな歌を聴かせてくれたのか。リアルタイムで彼の声に触れる事は出来なかったことが、悔しくてたまりません。でも彼が死んでなお、新しい世代に絶大な影響を与え続けているこの一点になんの曇りもないのではないかと。 命は有限ですが、彼が残した作品は無限なのだと改めて思いました。

R I P




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英国の刃。 

judas

1年ぶりに鋼鉄神JUDAS PRIESTが来日公演中デス

神戸・名古屋は2階席閉鎖、1階席も満席にならない客入りだったようです今回は80年に発表した「BRITISH STEEL」が発表30周年ということで(え?29周年じゃない?)アルバム完全再現ツアーを行っています。

明日行われるラウドパーク09のトリを務めるという事でラウドパークを含めてもたった3公演・・・・・ 東京での単独追加あるかな~と思っていたら、見事になかったですね。考えても見ればラウドパークのトリの場合、基本的にフルセットで出来るわけで基本的にツアー中はほとんどセットリストを変えないバンドならば単独をやる意味がないですからねェ

でも、ちょっと寂しいですね。ロブが復帰後初来日のJPツアーはこんな日程だったんですよ

5/8: パシフィコ横浜
5/10: 名古屋市公会堂
5/11: 金沢厚生年金会館
5/13: 広島郵便貯金会館
5/14: 福岡ZEPP福岡
5/16: 大阪城ホール
5/18: 日本武道館


JPツアーの規模縮小傾向は何もジューダスに限ったことではないのですが(色んな過去のライヴレポートを観てると、モトリーだってイングヴェイだってミスタービッグだって盛岡にまで来てたのに・・・)寂しいですよねぇ。盛岡に住んでる僕にとってはどうしても東京まで行くとなると、交通費だけで3万円もかかってしまうので厳選した絶対に観なければならないアーティストのライヴにしか行けないのですが・・・・・・。

客が少なくても盛り上がれば関係ねェ!と言いつつも、がらんとした会場を見渡すと切ない気持になりますよね。でも言えるのは客が多かろうが少なかろうが皆で盛り上げていこう!という言葉しかないのもまた事実。ふと、そんなことを思いました。

音楽との出逢い。 

音楽との出逢い。

実はこれってものすごく難しいですよね。

例えば個人的によ~くあるのが、お目当てのCDを買いに行ったらそのCDがなかった時。

せっかくCD屋まで来たから手ぶらで帰るのもなんだかなァ~と思い、まぁ前々から気になってたCDでも買うかと思って買ってみるんだけど、その時点では「そのCDが聴きたい!」と熱望してるわけでもなく半妥協的に買って帰るわけだから家で聴いてもテンションがなかなか上がらないのですよね。なんて言うんでしょ?スラッシュメタルが聴きたいのに、買ったのはブルージーなHRみたいな。

あるいは初めて聴いたバンドの作品が個人的嗜好にあわなかった時。これもよ~くあります。例えば僕の場合メタリカは「リロード」その次が「ブラックアルバム」・・・・ メガデスも「カウントダウン~」でちょっと違うなぁ~どころか、こりゃあ大失敗だなくらいに思ったモノです。もちろん数々のレビューなんかを読み漁っていけば、たまたま自分が買ったアルバムが特殊なんだということは分かりつつも、欲しい・聴きたいCDはやまほどあるわけで一度「失敗したなァ」と思うバンドにはなかなか手が出しにくいもの。

思えば、高校生くらいの時は月に買えるCDなんて1~2枚が限界だったから「失敗」は許されなかったし、仮に失敗したとしても「もしかしたら発見があるかもしれない」と、レコードでいう擦り切れるくらい毎日毎日同じCD聴きまくったもんですよ。それが社会に出て働くようになったら買えるCDの量も増えて、一回聴いてダメだなこりゃァと思ったら最後。あとはCDラックの肥やしになるだけ(でも売る気はないというのがロックファンの特徴!笑)

たぶん作品と真っ向から向き合う余裕がないのでしょうね。

確かに!この世には存在するのですよ。何回聴いてもつまらないとしか思えないアルバムが、耳の焦点ずらした瞬間とてつもないアルバムに変わる瞬間ってゆーのがね。気づくか気付かないかみたいな。

自分の人生は、常に良質な音楽・メロディに出会うための旅みたいなもの。

もちろん僕の中で一生涯これ以上ないだろうと思わされるアルバムってのが存在するし、でもそれを超えるアルバムに出会うためにCDを買い続けてるわけで(いや、たぶんそんなものはこの世に存在しないし、死ぬまで出てこないと思ってはいるけど)そうじゃなきゃCDを買う意味ないんじゃないかなァと常々思っています。アーティストだって、全身全霊を込めて作った新作で納得の行く出来ならファン側に「今回のもいいけど昔の方がいい」って言われるより「今回の新作こそが最高傑作だ」と言われたいんじゃないかなァと思います。もちろんファン側は冷静な目線で作品の善し悪しを判断する必要があるし、バンドの音が好きというより、メンバーの人間性に恋してる女の子のような出されたモノはなんでも肯定という状況はアーティストを裸の王様にしてしまう可能性があるから難しいとは思うんですけどね。

昨日メガデスの新作に身震いしながら、こんなことを考えていました。

偉大な星がまた一つ。 

東北6県+広島で放送されている、伊藤政則がDJを務める「Rock The Nation」

以前、輸入盤CDプレゼントに当選したという記事を書いたことがありますが、その前には実はVELVET REVOLVERのピック型携帯ストラップが当たっていたり、何かと縁の多い番組ぶっちゃけ岩手県民は贔屓されてるのかー?と思うくらい、岩手県民はプレゼント当選率とメールが読まれる確率が高いです(笑)

さて、今回リクエストした曲は.... こちらのアルバムからです。

floyd

ピンクフロイドは「原子心母」から「Summer 68」

もう秋なのに何故?!と思われる方もいらっしゃると思いますが、実は先月ピンクフロイドのキーボード、リック・ライトが癌のため65歳という若さでこの世を去ってしまいました。これはメールにも書いたのですが、フロイドは主にシド・バレット、ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモアの3人で語られがちですが、ジャズに影響されたリックのキーボードは初期のフロイドにおいて重要な役割を果たしていって間違いないと思います彼が作詞・作曲を担当したsummer 68は個人的にフロイドの中でも最も好きな曲で、夏の朝の爽快感を予兆させるようなピアノと転調が素晴らしい名曲であります

リック・ライトの訃報を聞いた瞬間、すぐさまこの曲が脳裏に浮かびました。ちなみに俺はその時、公園のベンチでひとり煙草を吸っていました(笑)その時、もしかしたらあの曲は秋の夜長に聞けばいつもと違う胸に迫るものがあるかもしれないとインスピレーションをうけて、リック・ライトへの追悼の意を込めながらその場で番組にメールを打ちました。セーソク先生もこの訃報にはかなり驚かれたようで、それを知った時はメタリカの取材のためイギリスに居たとのことでした。そして曲紹介の途中でイントロが流れた瞬間・・・ 不覚にも目頭が熱くなってしまいました。

偉大な星がまた一つ落ちて、時代は変わっていくのでしょう。それでも彼が残した数々の名曲は永遠に輝き続けるのだと、そんなことを秋の夜長に思った次第です。このリクエストに応えてくれたセーソク先生に感謝、そしてリック・ライトには天国でもピアノを弾いていてほしいと思います


Summer 68

Remember A Day(デヴィッド・ギルモアがリックへの追悼の意を込めて演奏)


floyd

THE ALFEE ツアーコンセプトの考察。 

alfee

10月3日より始まる、アルフィーの秋の全国ツアーのポスターが発表されました個人的には春よりも好きなイメージなのですが、皆さんは如何でしたでしょうか?まぁNouvelle Vagueを彷彿とさせるのは置いといて・・・

ひさびさのロック美学のコーナーですが、今回はタイトルにあるように「近年のアルフィーのツアーコンセプトは如何なモノか?」ということで、かなり辛口になる恐れがあります。なので、アルフィーのやること(高見沢の思想)はすべて正しいという熱狂的なファンの方はここでページを閉じた方が懸命かと思います。また、私はこう思う!いや、こうじゃないか?という意見は賛否両論大歓迎ですので、よろしくお願い致します。

さて、今年のツアータイトルは「RENAISSANCE」。これは84年にアルフィーが発表したアルバムと同名のタイトルなわけですが、24年の時を経て何故に今さら?とツアータイトルが発表になった時点で首を傾げた方も少なくないとは思います。春ツアーのライヴ構成~セットリストは「RENAISSANCE」に収録されている楽曲を小気味よく織り交ぜ、様式美色の濃い楽曲を並べるなど(例えば、LOVEやNouvell Vague、Always)まさに「RENAISSANCE」の世界観を忠実に再現した素晴らしいツアーだったと、個人的には思っています

ただ、これはあくまで「内容」であって精神的な意味・気概においてのコンセプトとはまた別物なわけです。パンフレットの巻末にかかれている、このツアーの概要を要約すると「今年アルフィーは結成35周年。その間に溜まってしまった、アルフィーらしさというレッテルを剥がす。そしてアルフィーはアルフィーとして再生する。」これは高見沢(及びメンバー)のコメントではありませんが、公式のパンフレットに掲載されているといことはバンドの意思を十分に汲んだ文章と言えるでしょう。

けど、アルバムを作らないのにそれはないんじゃないかい?というのが個人的な考えなのです。例えばGLINT BEATのようなそれまでにはありえなかったようなアルバムを作った上で、アルフィーとしてのレッテルを剥がす=こんな面もあるんだよ!というのなら話は分かるのですが、80年代の楽曲中心の構成でそれはちょっと違うのではないかなぁと。はっきり言うと、言ってることとやってる事に違和感を感じるのです。例えば、春のツアーの本編ラストのブロックはラブソング主体でしたが「今回のツアーは皆の愛に応えて・・・ アルフィー流の愛を・・・」なんて聞き飽きたフレーズを並べられるよりは「様式美中心の楽曲を揃えてみました・・・」と音楽的な意味でのMCの方が好感が持てるというか、よりリアルにツアーのコンセプト、アルフィーにとってのルネッサンスの定義というのを分かりやすく感じられるわけですよね。

もっと乱雑な言い方をしてしまえば、2002年に変革して、2005年に初心に帰って、2008年には再生ってもう堂々巡りじゃないですか?という感が否めないです。微々たる差はあれど、決定的にここが違う!という差は見受けられない。結局のところ、アーティストは音で勝負なので今年の春ツアーは素晴らしかったという部分は変わりありませんし、DVD見ながらひたすら萌えポイントを探していますけど、ツアーコンセプトが曖昧、かつ境界線が見えにくくなってきているのもまた事実。秋はどんなコンセプトの下に、どんなステージを見せてくれるのか、非常に楽しみです。

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